ごめん愛してる / 初めてのままで
バリ出来の次はやっぱりこれでした。
ドラマでほとんど泣かない人なのですが、
これはやられました。
どこで泣いたかって、言うのも恥ずかしい。
ものすごく感動したけど、ウンチェとのラブシーンではなかったのだなあ。
なんか普段意識しない自分のかくれた価値観が見えちゃったみたいで。
「はあ、やっぱりそうだったのかなあ、わたし」的省察。
ホテリアでもありましたが、海外養子がのっけから出ていて、彼らの葛藤もよく伝わりました。
ホテリアとは違った視覚デザインとテンポのあるつくりで、韓国ドラマの新しさもみせてくれましたね。
2年前には「ごめん愛してるツアー」がメインでした。
ヨイドの地下鉄駅(お姉さんがのり巻き売りをしていた)、最後のウンチェの「サラゲヨ」の階段、
二人で寝てしまう、落書きトンネル、
ガルチの家のまわりは、キムチ壷がならんでいる、ごちゃごちゃした家並みがそのままでした。
ここはある意味開発からとりのこされている地域でした。
もちろんカン・ヒョヌのキスシーンの高層マンションも。
でも何と言ってもユンの家が写真館として使っているらしく、庭にもはいれたのが感激。
門にもたれていつも待っているムヒョクがいた所、
荷物をもって歩いた坂道、
高台の家の象徴である長い邸内の階段、
大きなガラスのなかにいるお母さんをみつめてた庭先
はああ、、、今思い出しても気持ちが動くすごいドラマだなあ。
そりゃ、ユンってどう見ても国民的スターはいいすぎでしょ、って感じでしたし、
カン・ヒョヌに変装してへんなヒゲがくっついたムヒョクは、いくら言い寄られてもねえ、いかにもあやしいでしょって感じでしたけど、
それでも全編名場面ぞろい、
特に7話のキスシーンの美しさは信じられない、
ジソプssiの所作のきれいさ(きどっているとか、型通りっていうんじゃないよ)。
バリ出来に続く「幸薄い」キャラクターがあまりにもぴったり。
最後の最後にやっぱり人を信じられる迫り方をしてくれるし…。
ドラマでの「死」について扱いかたが、日本とはずいぶん違ってるというか、
日本のドラマでは考えられないいろいろな含みがあって、ほんとに考えても巡って尽きないなあ。
中島美嘉さんの「雪の華」を初めて聞いたとき、素敵な歌詞だなあとおもいました。
冬ソナを知っていたので、韓国ドラマを意識した歌詞だなあとも思っていました。
でも、こんな素敵なドラマに使われていたなんてねえ。
ムヒョクとガルチが「しんちゃん」のTVで楽しそうなのも、ああそうなのか、でした。
歌はDVDで一気にみたとき、後テーマのこの曲がすごくよかったので、歌っていました。
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初めてのままで(チョウムクデロ) / ごめん愛してる
●愛してたけど ここで終わろう
これ以上あなたを守れない
二人の記憶 風に消え去れ
出会った前の時間に 戻して
こんなはずじゃない
これじゃいけないと
何度も繰り返して
はじめからできもしない事
これ以上 追えやしない
どうしてなんだろう
なぜ こんなところで
ただ立ちつくしてるだけ
時計の刻む その音だけが
背中に迫ってくる
もうそれ以上 近づかないで
別れが まてるだけ
愛してたけど もうここで帰ろう
失う痛みがその胸さすだけ
何もなかったように
忘れていい
孤独に慣れる前に
●Repeat
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