「密陽 シークレット•サンシャイン」みました
チョン•ドヨンとソン•ガンホの映画。
「ペパーミントキャンディー」と「オアシス」のイ•チャンドン監督。
ただ者ではない気配はしていました。でも、見終わっての感想は
「深くて重くて難しい映画」
恋愛映画ともみえるのになぜ?
以下ネタバレありありです。
自分を裏切って他の女性を愛していた夫が亡くなった。幼稚園の息子をつれて、ソウルから、地方の密陽にその夫の出身地だからといって引っ越してくる。別に実家や親戚がいるわけでもないのに。
義弟から、「なぜ、裏切った夫のまちにこしてくるのか?」と聞かれても、愛し合っていた夫婦を演じ続けようとしている。ピアノへの屈折した経歴であっても、都会のピアノの先生、「地方のあなたたちとはちょっと違うのよ」と言わんばかりの過ごし方。経済的にも豊かで、開発予定地に投資するフリ。
結局、ぎりぎり、すれすれの虚勢が、子どもの誘拐を招き入れ、貯金のない事もバレ、子どもも殺されてしまう。
絶望の連鎖といってもいいような状況で、それでも生きて行くための支えをかなり信仰活動を濃く、人間関係を強く持つスタイルのプロテスタントで「救われる」経験をしていきます。教会や宗教になじみのない人には皮肉にとっているように見えるかもしれませんが、わたしは、チャチな冷笑的な描きかたをしていないことに、好感を持ちました。後半のかなりの時間が「祈祷会」の様子にさかれるのですが、彼らなりのスタイルがちゃんと出ている。
でも、これも彼女にはほんとうのものではなかった。あまりに性急な「犯人を許すための面会」。常に自分か優位である事で自分を持ちこたえて来た彼女らしさではあるけれど、これがもう一つの大きな絶望の連鎖を呼びます。面会で、子どもを殺した犯人が、実は「信仰で救われていた」ことを知り、なんとかこらえて来たせきが切れたように、彼女はがらがらと壊れて行きます。このあたりのチョン•ドヨンは、ほんとうにすごい。
「私が許す前になぜ、神が許すの?」ばかだな、「わたしは許せない。でも、神はその人を許す(でも、わたしは許せない、許したくない)」と向き合う事が信仰なのにね。でも、この辺の苦しさもよく伝わって来ます。
結局、教会も抜け、偉い(偉そうな)牧師が「許し合いましょう」という集会で「コジンマル(嘘つき)」という歌謡曲を流したり、信者のリーダーをやっている近所の薬屋の夫を誘惑したり。
かわいそうな事に、その2番手で、ソン•ガンホが誘惑されるのだな。
ソン•ガンホのキム社長はこの間ずーーーーっと彼女の周りをぐるぐるまわって、つきまとってそして助けていることに気づきます。教会だって一緒に言って、それなりに信者のなかまになって•••。
すごくなまって、田舎っぽい、お金儲けも、人付き合いも、人に流されて信者の集会の影で猥談する仕事仲間とも一緒にいるようなテキトーな“男”をソンガンホがほんとに本人かという風に演じています。うまい。最後に誘惑された時だけ、本気で怒っている。
密かな陽の光という題名は彼の事?でもそうだとしたら、彼がいたからほっとするのに、悲しい。すぐ側にいるのに、寂しい。そういう存在。
オトナの映画だな。
義弟役のキム•ヨンジェssiはどこかで見た、まじめそうだけどくせのある存在感のあるひとだなとおもっていたら、そうか、「このろくでなしの愛」の兄役だった人だ!
犯人役もなんかいわくありげだと思っていたら、「大領領の理髪師」のパク•チョンヒ役だ!
と、いろいろと厚みのある作品でした。
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