2012年2月 2日 (木)

CGV問題② JYJに市民権をもどしてあげなさい

以下転載です
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【社説】JYJに市民権を戻してあげなさい

原文(2012-01-31 20:52:24)

ジェジュン・ユチョン・ジュンス。才能のある、美しい3人の青年のイニシャルを取ったグループJYJは国内はもちろん海外でも人気が高い。 2009年7月、不公正な契約問題を提起し、「東方神起」を離れた彼らは独立後、120万枚以上のアルバム販売を記録した。アジア・ヨーロッパ・北米・南米でコンサートをして、ドラマやミュージカルでも活躍している。ところが、あるケーブルチャンネルで彼らの日常を撮ったドキュメンタリーを放映することになったが、放送数日前に局側が編成を取り消した。死蔵されたドキュメンタリーを劇場版として編集し、上映する機会を得たが、やはり封切り数日前に劇場側から"上映不可"を通知された。JYJのマネジメントを担当するCjesエンターテイメントは「ドキュメンタリー"ザデイ"を2月2日、全国20箇所のCGV映画館で公開することで契約書に捺印したが、関連の報道が出た直後にCGVが契約を守ることができないと知らせてきた」と明らかにした。以来、ファンの間でJYJと訴訟中である前所属事務所SMエンターテイメントの顔色を見たのではないかという疑惑が提起された。CGV側は"実務者の契約進行手続に問題があると判断しただけの外圧はなかった"と否定した。

このような説明を信じるとしよう。なぜ、他の歌手たちには稀なことがJYJだけに続けて起きるのだろうか。JYJは地上波の歌番組に出ることができない。昨年7月には済州KBSと済州島が企画した公演に出演することになっていたが、四日前にキャンセルの通知を受けた。シジェス側は「こんなことが非公式に1週間に2~3件以上起きている」と話した。巨大企画会社らが所属した韓国大衆文化芸術産業総連合会がJYJの活動規制を各放送局に要請した後、放送局が彼らの顔色を見るためというのが大半の意見だ。裁判所が2009年と昨年2回にわたって、"JYJの独自の芸能活動を保障しなければならない"という判決を下したにもかかわらず、事情は変わっていない。

SMは、"自ら這いつくばる"行動まで責任を負うのかと抗弁するかもしれない。しかし、それは権力の本質である。 SMがJYJとの法的紛争を終わらせない限り、"芸能権力"SMは絶え間ない疑惑に苦しめられるだろう。 SMは、世界的な韓流を生んだKポップの本山らしく、JYJとの訴訟を名誉に終える方策を講じなければならない。 SMがJYJの活動を妨害したという疑惑を、1年近く調査してきた公正取引委員会も調査結果を速やかに発表することを望む。大企業の横暴を防ぎ、中小商工人の生きる道を開いてくれるのが"経済民主化"ならばJYJの"社会的市民権"の回復もその一環となるだろう。

ⓒ京郷新聞&京郷ドットコム

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独裁政権時代には政府に批判的なメディアであり、その後いくつかのプロセスを経て、今は「社員株主会社」の新聞社。韓国の事情はよくわかりませんが、ハンギョレ新聞同様、スポンサーや業界の圧力から比較的自由な新聞社なのでしょうね。

実務レベルでのミスコミュニケーションや確認不足で上映不可って┐( ̄ヘ ̄)┌

やっぱりのせてしまった、ナチュラル系ユチョン。

キスミョン食べました。(辛かった!おいしかった)

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2012年2月 1日 (水)

CGV問題

かなりおそくなりましたが、やはりこのブログにとどめたくて載せます。

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JYJ日常のドキュメンタリー<ザ・デイ> CGV封切り取り消しお知らせ

こんにちは。
Cjesエンターテイメントです。

先週発表した日常のドキュメンタリー<ザ・デイ>の劇場公開は、やむをえずキャンセルされたことをお知らせいたします。まず、ファンのみなさんに約束した上映を取り消すことをとても残念に思い、申し訳ない謝罪の言葉を申し上げます。

私たちは、昨年の外圧によって放映されていない<JYJの日常ドキュメンタリー>を国内ファンのために劇場で上映することを決定し、去る12月5日、CGVと業務協議を開始しました。

その後、12月15日に会って、公開時期、上映スケジュール、分量、概観すること、チケットの価格などの一般的なガイドを受けて今回の上映のための1次口頭の決定を受けており、当社は映像の企画及び制作プロセスに入りました。

一ヶ月の期間中、相互の電子メールとメッセンジャー、有線上での協議を通じて公開規模と1次開館劇場、スケジュール、契約手続きについての協議を進めました。 1月16日には担当者と2次会議を進行して舞台あいさつ日程協議、共同プロモーション、広報の範囲、全国の上映館の生放送舞台挨拶運営協議などを議論しました。 19日、双方の担当課では契約内容の検討が完了し、報道資料が配布され、20日に捺印された契約書を受け取りました。

しかし CGV側は 20日電話通話で 「最終決定権者の承認が出ない契約なので契約を初期化しなければならない」という通知をしました。当社は 「一か月以上にわたり両社が協議して契約までしたのに、内部の責による事由によって契約を解約するということを納得することができない。上映時期を調整するなどの私たちが理解することができる次善策を提案して協議しなければならない。」と反論しました。

しかし 25日電子メールを通じて以下のような内容で不可通報をして来ました。 CGV 側は「信任経営陣にその簡単な業務報告をあげる過程で、上映の件が内部報告及び進行プロセス原則をまともに遂行しない事例とされ、上映が難しくなりました。」と言って「内部的に<ザ・デー>の件が内部革新の標本に照らすと、プロセスに準じて進行されない場合厳に規制するという見本になるとされ、実務者が非常に困難な状況に陷ることになりました」と言い、これは最終的に封切り自体が難しいという '協議'ではなく'通報'でした。

当社は、チャンネルを持った事業権者の有利な立地を悪用して企業対企業の契約を一方的に破棄しようとする CGVを、公正取引委員会と苦情処理委員会に請願申し立てて正当な権利を捜そうと努力をつくすつもりです。

また契約無効化の事由が内部プロセスの問題にもかかわらず責任を当社に要求するという理解できない状況を作った点、一ヶ月の十分な協議期間があったにもかかわらず上映不可の時期が急に記事化になった直後に成り立った点に対して納得するに値する返事を再び要求するでしょう。

最善をつくして早いうちに封切りの再通知を差し上げるように努力します。
再び残念な消息をお知らせすることが申し訳ないと申し上げて、ファンのみなさんの了解をお願い致します。

また以下はCjesエンターテイメント、ぺク・チャンジュ代表のこの件に関する言葉です。

「まずもう一度、ファンとの約束を守ることができなくて残念です。契約の修正ではなく、契約不履行の通知までする必要のあるCGV内部事情がどんなものかわかりません。しかし私がこの件を借りて申し上げたいと思うのは、企業と企業が契約書に捺印をして、マスコミに報道資料を配布したにもかかわらず、あまりにも堂々と、非常に軽く不履行を決定するこのような状況が、あまりにも不条理であるということです。

またこの不条理なことが外部に見えるよりも、そうでないケースが多いということです。それでも私たちは与えられた状況の中で最善を尽くそうと努力しています。ただ躊躇することなく、あきらめることなくできる限りの最善を尽くしたため、よい成果も得ました。"K-popを産業化するシステムの助けを借りることなく、JYJの音楽と実力だけで、アジア、北米、欧州、南米公演など、真のワールドツアーを完成させています。

その中で数少ないチャンスを掴むために努力し、そのチャンスが無駄にならないよう、毎回死に物狂いで耐えています。私は大企業と戦って勝つ力がありません。自信もありません。しかし、終わらないこの不条理についてもう一度みなさんにお知らせして助けをいただくために、この言葉を申し上げます。

最近社会的にもっとも大きな問題は“いじめ”だと知っています。他の人を集団的に孤立させることで私を中心とした集団のへの通知を強化するのが“いじめ”の本質であると理解しています。またこのような状況を無視して傍観すれば社会全体を揺るがす事態が起こります。述べたとおり、私は力もなく自信もありませんが、、間違った価値観が蔓延したこの不条理な状況で、第2第3の被害者が発生しないように、躊躇したり諦めたりせずに戦っていくつもりです。

みなさんが耳を傾けていただきますように切にお願いいたします。ただJYJの音楽をアルバムでお聞かせすること、ファンたちが一緒にするステージで歌えること、ファンたちに会う席を作ることができることを望みます。
その何が難しいかと問われれば、以上の非常識と法の論理を超えた件についてご説明いただきたく、このようなことが私たちには週に2~3件起きていると、あえて申し上げたいと思います。

JYJを愛してくださるファンのみなさんに再び残念なニュースをお伝えすることを重ねてお詫び申し上げます。」

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今読んでも苦しいな。
jes代表のコメントもいつになくストレートですね。
その後、いくつかの新聞などで抗議、批判の記事が上がった様です。

なんで、こんなことが繰り返されるのか?
世界中のペンたちが見ている前で。

ホミンを応援している方が、こんなことになってがっかりだと。
「なんで応援する気持ちをじゃまされるのか」と言っていました。
ホミンの音楽や表現だけをみて応援していきたいとも。

それも一理ある、正直なところでしょう。

でも、気持ちだけではすまされないような。
音楽が、ダンスが好きだから、、、だけですまされるものでもなく。
見てしまったものに目を塞ぐ訳にも行かない。

だって、ダメなことはダメだから。看過していいことと悪いことがあるでしょ。
とはいえ、どうしたらいいのか分からないのですが。

いつも思いがよぎるのですが、「友情」「同窓会」が好きだったユノ。
今は活動を分かったとはいえ、元仲間のこの状況をどう思っているのだろう。
彼の中でなにか壊れていっていってしまいそうで。
ココロにふたをしてやり過ごそうとしているのかなぁ。

CJエンターテイメントは映画等で親しみがある企業です。
正直脱力。あっそー。あんたもかぃって気持ち。

目の前で起っている理不尽なことに、無力感を感じるだけに終わりたくないですね。

何度も言っていることですが、日本の原発問題も同じだけど、パワーのある企業がかけてくる圧力ってほんとうにすごいな。ぺヨンジュンの「初恋」とかでやっと手に入れた屋台を誰かの手先にめちゃめちゃにされるっていう構図ど同じだな。

ほんと、いくら経済発展しても韓国の企業社会の暗さをさらすようなことなのに。

ちょっとクールダウンしようっと。



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2012年1月26日 (木)

ミスリプリー 感想⑤ ちょっとどうよって思うこと


その1□まず、ユタカ(ユチョン)のお母さんの子どもを捨てる理由。

CAの仕事中に知り合ったお金持ちにアプローチされて、借金もあるし、良い人だしっていうわけで、夫よりそちらに気持ちが行ってしまいました。うん、ここまでは、分かった。

①まず、言い寄られて結婚するんだから、「子ども引き取りたい」「一緒に住まなくても面倒みたい」は言えなかったのか?
まして、相手はお金持ち。こどもはある程度成長しているから別れたくないとすがっている。皆が貧しい時期や戦争や混乱の時ならともかく。CAとかかなり自分でも稼いでいるはずなのに、なんだよー。

②まあ、言いづらかったとしても、残してきた娘にこっそり送金したり、それとなく面倒をみたりできなかったのか?再婚した夫の会社経営を一生懸命やったとしても、そのくらいやれよ。せめて見守るだけでも。

チェミョンギョルssi、80年代から活躍しているベテランの女優さん。「憎くてももう一度」でお会いしました。もっと会っているような気もしますが。プロフィールをみると夫は国会議員とか。お金持ちの妻役がぴったりのようですね。


*画像は悪いですが、このユチョンのコメントが気に入っています。

その2□ユタカの父親の結婚反対理由。

冬ソナ以来、韓ドラでは、親の代の方がめちゃくちゃで、その結果の事態であるにもかかわらず、自分勝手かつ自分中心かつスジの通らないことを「倫理」っぽく子ども世代におしつける。で、子どもはまじめに悩む。

なんで、そこで悩むかなぁーーー。(しかし、静かに悩んでいるユチョンはかっこいい)

親として、息子の結婚相手が嘘ついていたことが許せないならまだしも、なんで決心した息子に自分の2番目の妻の子どもということで反対するのかなあー。別に引き取って養女にした訳でもないし、ほったらかしにして別世界で育ったわけでしょ?自分の息子と血縁でもないし、「それが、何か?。。。。。」どころか、かえってよかったじゃないか、これから先家族としていくらでも関係を温めていくことが出来て、、、。とはならないのはなぜ?

安直なハッピーエンドで終わるのも嫌だけれど、自分がだまされていたこと自体は許したくらい太っ腹なら、この父親の意向で悩むのはわからん(`ε´)


ちょっとお姉さんに話してみなさいよぉ、とユタカといっしょに飲みにいきたい。ο(>∀<)ο
結局、ムンヒジュ役のカンへジョンssi的役割は、結構良いのだということが判明しました。


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2012年1月25日 (水)

ミスリプリー 感想④ リプリーって誰?

ミスリプリーOST Glass(草)/ファヨビ

ドラマを見る限り説明が無いのがタイトルの「ミス リプリー」

アランドロンの映画「太陽がいっぱい」監督ルネ•クレイマンで代表作の一つです。この原作が「才人リプレイ君」。ここから着想を得たドラマだそうです。

アランドロンが若い、、、。1960年の作品ですから。

テーマ音楽も有名です。それほど映画に興味の無い人でも、どこかで聞いたことがあるのでは。このころの映画音楽って、いまとなってはクラッシックで親しみやすいですね。

ストーリーはお金持ちの友人がとんでもなく傲慢なヤツで、その友人を(おもわず)殺してしまった貧乏な主人公が、死体を海に捨てて、そのお金持ちになりすまして、財産を自分のものにしようとして、、、、。

きれいな俳優、きれいであたたかな景色、ヨットや別荘で遊ぶおしゃれなセレブの生活様式と犯罪がどのように展開するのかのサスペンス風のつくりが、ある種の緊張感を持っていて、60−70年代には映画好きなら一度は見たことがあるような作品でした。


映画のラストシーン。(これ覚えていました)
ものすごくきれいな海を映しながら、
余韻のある、寂しくて悲しいエンディング。

他にも99年に「リプリー」という映画でこの原作は映画化されているようですね。

「なりすまし」かーーー。

「追いつめられてついた嘘にはまっていく」かーーー。

「別人としてのし上がっていく」かーーー。

韓国ドラマではよくあるような気がするのですが。なにしろ出生の秘密が必須のアイテムなので。

でも、主人公の追い込まれる展開はほんとに「ミスリプリー」よく出来ていると思います。

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2012年1月24日 (火)

ミスリプリー 感想③ 日本じゃやらないこと

TV(BS)でミスリプリーの番宣が流れています。
おもわず凝視してしまうのですが、メイキングDVDも出るそうです。

韓国ドラマのメッセージの出し方で、日本ではやらないことがあります。
ミスリプリーは日本の養父母で苦労するヒロイン、チャンミリの生活を描くとき、いつものパターンでやっているのですが、これは日本ではないなーっというところを軽ーくツッコんでみました。


①大きな洗い桶の洗濯
 ヒロインの思い出シーン。終盤で養女になった日本のうちでひどい目に会った一つの証拠として描かれます。
 あの、これ20−30年前だとして、1980年代には、日本では農村部に至るまで洗濯機が普及していました。戦後の経済成長の時期に普及した家電の中でも、「洗濯機」は日本の女性のライフスタイルに最も大きな影響を与えたものと言われています。いくらもらいっこをこき使うとんでもない家でも、洗濯物(布団?)大きなたらいで踏ませてはないのでは? 布団だから自分で洗っていたのんかなあ。そういえば、チャンミンの「パラダイス牧場」でもヒロインと仲良くなる作業ネタで大きなオケでの足踏み洗濯ありましたねえ。でもこれ日本では、無いと思いますっ!

②怒られたときの正座
 これも、よくあるドラマな記号(サイン)なのですが、冬ソナ以来おなじみの、子どもを叱る時に両手を万歳させて正座させる、っていうのは日本には(80年代)にはありませんからっ。どなったり、たたいたりならよかったのなかあ。日本はあまり養子縁組しない社会なのですが、単なる親子の虐待と考えても、体罰、ネグレクト(ごはんやらない、学校にいかせない=準備等してやらない)、悪いことはその子のせいにする、等が一般的なのでは。


③タバコを売る
 えーっ?日本は戦争直後の40−50年代ならともかく、タバコのバラ売りはほとんどなかったのでは?バーやキャバレーに子どもがタバコ売るって、目立ちすぎてないでしょう、申し訳ないけど、子どもを陥れるのは、最初から子どもの売買春やアダルトビデオ(あー、ひどい、でも日本は多い)なら分かるけど。そこを深めてヒラヤマ(キムジョンテ演じるヒロインを追いかける3番目の男性)が彼女を「守る」様子を描き込む程、日本のシーンを検討されなかったんだなー。
今となってはキムジョンテssiを(気持ち)応援しているので、もうちっと丁寧に描いて頂いても良かったような気がします。

④東大卒って
 韓国の学歴社会が現れていますね。でも、日本で東大って、女性のエリートコースとしてもあまり現実味や卒業後のイメージとしてもジミですよね。国家公務員、放送出版系社員。でも公務員以外、高学歴でも活躍しにくい日本の現状を考えると、あこがれたり、うらやましいと思われたりしない度が高いのが東大卒の女性、なのでは。

⑤赤いロングへヤー
 キャバクラとか金銀様々な茶色のグラデーションでの髪色はわかるのだけれど、赤ってあるの?
ホステスさんを名刺にするのは、日本特有の「かわいらしさ」=「幼稚さ」の記号、ゴールドか柔らかい茶色のふわふわ/くるくるのパーマ頭でしょう。いや、現場知らないのですが、違うかなあ。それにあんな写真じゃ、本人確認もしにくい。わたしだったら落ちていても「あ!あの人だ!」って思えないと思います(もともと顔や名前を覚えるのが苦手だからかもしれませんが)



撮影風景のファンカム(お借りしました。多謝)
当時、ユチョンのツイッタ—で何度か登場したスタイリストの女子3人組の姿もありますね。

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2012年1月19日 (木)

ミスリプリー 感想②主人公への愛情3パターン

このドラマ、ポスターからもわかるように
ヒロインを愛する男性2人との関係が中心に描かれています。


ドラマの流れにそって振り返ってみたいと思います。

1)ホテリア総支配人 チャンミョンフン経済的社会的に

自分がバツイチなこともあり、ホテルオーナーの娘との離婚から間がなくて、戦略的に近づいてくるヒロインに最初はとまどいがち。でも、あっという間に能力と美しさにあふれた彼女に“手玉に取られて”まんまとヒロインの思うつぼにハマります。
 「仕事」を通して安定した市民権をもとめるミリ(ヒロイン)に最大の配慮をして、彼女の生活基盤をつくります。もちろん、本人の器用な能力がなければできないのですが、影でコソコソと乗客を掴む為に画策をしたり、彼の見ていないところでは仕事をさぼって自分のウソを糊塗するために奔走する彼女を、間に立つ女性上司は見抜いて嫌っているのですが、耳を貸しません。
 デートを重ね、家に呼び入れ、実家の母親に会わせ、誕生日には教会の子ども聖歌隊に頼んで感動的な歌のプレゼント。…まではよかったけれど、プロポーズはすでに次の御曹司にターゲットをあてているヒロインからはうまくかわされてしまいます。
 でも、その後が愚かで、怖くて、どうしようもなくて、焦ってて、そして切ない。
 知人友人を頼って、彼女を他のホテルに就職させ、大学教員のポストまでつなぎ、ステップアップさせることで応援しようとする。このことが、ますます彼女のウソを取り返しのつかないものにしていくのですが、地位や経済力を持つ男の“女の応援の仕方”としてはまっとうなやり方なのだと思います。それに決して彼自身は企業人としてコンプライアンスに反してはいません。
 彼女のウソがバレた後も、企業人としては、ホテルの被害が最低限になる様、迅速に彼女の痕跡を消していきます。
 だのになあ、彼自身は彼女のウソを引受けて、自分がやったことのように検察で証言します。
 愛情の表現としてはオーソドックス。力の強い物が勝つという、既存の価値観の中で「力」を付けさせ、自分の責任を取らせるというよりは、「力のある自分が彼女を守ってやる」というスタンスでした。
 キムスンウssi、オフ映像でもとてもいい感じ。ユチョンにも暖かいエールを送っていましたよね。声が素敵。ぺヨンジュンの「ホテリア」の頃から変わらないなあ。中年の恋愛の愚かさと哀れさとかわいらしさが出ていたと思います。

2)ホテルオーナーの後継者 本部長ユタカ 率直にありのままを受け止めようとする愛
 初回か2回目でベッドでクスクス一人ニヤケているのはヒロインじゃなくてその友達とのやり取りを思い出してのことだったのね。(追記:→これは思い違いです。その友達を通してヒロインに近づいていけるのがうれしくてにやけていたんだ、やっぱり。)
 ドラマの放送時からその写真はよく見かけました。ほんと自然でいい感じ。
 とにかく素直でまっすぐで「育ちの良さ」と賢明さをもっている。
 自分にも正直、社会的にもまっすぐ、家族のごたごたにも誠実。
 ここまで良い人だと、強いな。中途半端は折れてしまうようなことも、まっすぐに立ち向かって、それなりに傷ついて、でもそのまま歩いている感じ。
 それにしても、日本留学からもどってしばらく逗留した安アパートでヒロイン•チャンミリに出会います。最初にピッと来て、なんだかんだと不器用にアプローチしていきます。さんざん無視され嫌われていながら、御曹司ってわかったら手のひら返したみたいに近寄ってくるわかりやすい女性でもいいのかなあ。最初に好きになったら、もう一歩も引かないなんて、ちょっとどうかと思いますが。
うまーーく乗せられて行く様は腹立たしい程。中盤までは、上品でカッコいいオボっちゃまっぷりがすごく板についていて、その自然さにほんとにびっくりしました。
 でも、この役のみどころはやはり後半。深く考えて静かに、迅速に行動する御曹司ぶり。
 距離を取りながら、婚約出来ないことなど現実に破局を伝えながらも、自分自身にはいつも問いかけ、彼女を思うことを止めません。
 そして、たどりついた考え、本当の意味で自分から逃げないことをヒロインに伝えていきます。母親にも。
 結局「自分を愛することが出来るようになることが、一番のエンパワメント=力になる」ということだな。まちの大きなビジョン(映像掲示板)に最後に映されることばの通り。それは彼自身にも強くする。
 これは男性の女性に対する「守り方」としては新しいスタイルです。
 ハッピーエンドでも良かったのでしょうが、あと2、3話くらいあればそうなったかもしれませんね。

 最終回は韓ドラの定石で、ちょっとあわただしく彼的にはもっとなにかやったり言ったりして欲しかったのですが、他の人の説明も必要な為やや存在薄。
 これといってドラマチックな場面が思い浮かばないのだけれど、いつもの佇まいそのものが素敵。
ちょっとした表情やうごきで雰囲気をつくりだす、という役づくりができるのも成長でしょうねえ。
ドラマ新人賞も納得の演技。


3)福岡のクラブオーナー 平山 逃げ延びた裏社会で受け止めようとする愛
 
 キムジョンテssiが演じる裏社会系のヒラヤマ。韓国語が堪能なところを見ると在日の設定なのかな。
 人身売買さながらに養父母の借金を背負ってきたヒロインが、福岡の中洲でホステスをしながらも、売買春に落ちることの無いように「オレの女」として守ってきたのが彼の愛し方。
 北九州からソウルへやってきてミリ(ヒロイン)を探し当てた時のおそろしさ。人をなめ切ったような態度は身がすくみます。
 ところが、単なるヤクザじゃないことが、少しずつわかる。しつこく追いすがるのはお金目当てというより、彼女を本当に自分の物にしたい、それが彼の愛情表現だということがわかってきます。
 タカリだと思ってホテルの総支配人からわたされた手切れ金を突き返す。
 ミリに逃げようと何度も迫る。結局彼女が戻れるところはウソのない自分のところだと信じている。
 ヒロインのウソがバレた時にも御曹司ユタカに「彼女を守れ」と言い、本当に彼女を守れる(彼のイメージで)のは自分しかいないと信じている。だって、頭のいい人やお金持ちは、いっしょに逃げ延びて裏社会で生きることを考えないから。ユタカの守り方は彼にとっては守っていることにならない。
 「自分は産まれた時から裏社会の人間だから」とユタカに語るとき、「お前が間違ったのは、タバコを売りにきて出会ったことではなく、笛を吹いている姿を見せたから」という最終回のつぶやきは、できすぎだと思いつつも、胸に迫ります。
 まあ、所詮暴力をちらつかせて女をコントロールしようとしている男なんです。無理に日本に密航させようとしたり、もってのほかなのですが、なんだか憎めないのは、役者の力かな。そういう愛し方しか出来ない、知らない男性に対する悲しさなのかな。
 笛をふいたから…のくだりは最初から想定されていたシナリオなのかしら。もしかしたら、彼の存在が大きくなってきて、付け足したのでは、と思えるくらい、いい役回りでした。

 この俳優さん、キムジョンテさん。「HIT」「太陽をのみ込め」「赤と黒(悪い男)」とか、かなり印象的なバイプレーヤー。映画「密愛」や「Classic」にも出ているそうですが、ちょっと印象に無い。でもドラマでは相当存在感のある方です。ヤクザか刑事が似合う役者さん。今回も最後に決めてくれました。

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2012年1月18日 (水)

ミス•リプリー 感想①イダヘ、カンへジョンssi

(以下ネタバレありですので)

DVDで見てしまいました。

ほぼ一気見。

ユチョンの昨年の新人賞の意味がわかりました。

ドラマとしても、とてもおもしろいです。サスペンス+ラブストーリー。もちろん家族の入り組んだ関係(後妻、隠し子問題など)は韓ドラなので抜かせません。

サスペンス感でいくと「復活」や「魔王」に続く感じかな。(ほめ過ぎかな)

主人公が女性。しかも自分の上昇志向のためには巧妙なウソを重ねていって、しれっと人を裏切り切り捨てていくような女性。うーん、部分的には思い当たる経験あり。

いるんだよねー。なんか上手に人あしらっていく人って。
このドラマでもホテル(主人公の職場)の同僚が「あの子は始めから信じられない」「なんで男ってこういう女に甘いのか」という様なことを言っていますが、ほんと、前半のホテリア代表のキムスンウssi(医者のくせに元妻のためにホテリア←日本ではあり得ないでしょ)、中盤のユチョンにはイライラさせられます。

それにしても「グリーンローズ」「プランダン不汗党」「チュノ」ときて、イ•ダヘssiも本当にみごとな演技です。キムスンウからユチョンに乗り換えるあたりの主人公は心底憎たらしくて、ヤーなオンナ度(でも、きれい)がみるみるアップ。後半のウソがほころびはじめたころの焦りと不安(メイクがかわってくる)も「ほれみたことかっ」て思う反面、ドキドキ。(でも、きれい)

きれい度(というかきれいさ)が変わらないのはハンヘジンssi並みですねえ。やや存在感が不安定な感じかなあ。でもこのドラマではその度合いもいいです。プロフィールをみるとソジソプの「千年の愛」に出ているのだそうだけど、覚えていません。

中盤のキムスンウがフラレていくのには、年代的に「ばかな男だ」と突き放し切れない同情というか、胸の苦しくなる思いも。なんか、決心しちゃったんだよね。スイッチする(気持ちを入れ替える)のもそう器用にはできない様子がなんとも、分かる感じがするのが複雑な気持ち、、、、。

このあたりまで、主人公の友達役でカンへジョンssiがからんでくるのですが、だんだんと役割を無くしていきます。

なんでか?

それは脚本(ストーリーの展開)が悪すぎ。中盤、自分の好きな人ばかりでなくプロとしての仕事まで横取りされることを許す彼女の物足りなさで出口の無いイライラ感が募ります。これじゃ、女性としての魅力半減なのです。しかも、その理由が自分を恋人とは考えない男性を傷つけないためウソに加担する???半減どころかアウトでしょ。

だめだめ、これじゃ、さわやかに正直に、仕事をしながら生きる女性像としてだめなんだよぉー。
どこかに自分なりのこだわりや主張をもっていないとぉ。人に気ぃつかってばかりのキャラなんて、プロとして仕事していく人としては、だめ。

全体の構成で仕方なかったのかもしれませんが、
http://contents.innolife.net/news/list.php?ac_id=4&ai_id=135019
とかのニュースにあるようなことになってしまったのですね。

カンへジョンssi、映画のキャリアがすごい人ですが、ミニシリーズとはいえ、韓国ドラマの作り方の中では、ストーリーや展開が生き物のようなものでもあるのですね。


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2012年1月15日 (日)

ミス•リプリー 「三日月微笑み」のなぞ

芸能ニュースから引用です。

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JYJユチョン、『ミス・リプリー』における魅力とは?

(c)2011 CURTAINCALL MEDIA CO.,LTD. & C-JeS Entertainment Co.,Ltd


カルチュア・パブリッシャーズより1月25日レンタル、2月3日発売を控えている『ミス・リプリー<完全版>』。主演のユチョンは、昨年暮れ「2011MBCドラマ大賞 男性ミニシリーズ部門 新人賞」をみごと受賞!


「嘘」をモチーフに大人のロマンスをスリリングに描いた『ミス・リプリー』。ノーカット完全版DVDリリースを控え、ファンの期待がますます高まる中、アーティストとしての活躍だけにとどまらない、「ミス・リプリー」における“俳優ユチョンの魅力”をカルチュア・パブリッシャーズが紹介した。


★1★ユチョンの『三日月微笑み』

ドラマの中でユチョンが演じるのは、優しさとカリスマを兼ね備えた魅力的な青年、世界的リゾートグループの後継者ユヒョン。昨年6月韓国放送時、キャラクターに100%シンクロした暖かい感情表現と愛嬌がいっぱいの『三日月微笑み』でユチョンの演技は最高の演技だ、と視聴者の間で話題になった。


又、NGが出た場合、ユチョンは、顔の筋肉を全部使ったのかと思うほど堪えていた笑いを放って、撮影現場を爆笑の海にしてしまったりする。 撮影現場で最も末っ子のユチョンの愛嬌と幸せな『可愛い』表情のおかげで『ミス ・リプリー』の撮影現場は、常に和気あいあいだという撮影関係者は語っている。

★2★ユチョンはトライリンガル!!流長な3カ国語を披露

ユヒョンは日本人の母を持ち、日本で育ち、日本語に堪能な御曹司というキャラクターのため、ユチョンは冒頭1話から流長な日本語を披露している。(第一話ユヒョンが韓国帰国してくる空港シーン)。さらに第2話、ユヒョンの本部長就任式では、流暢な英語のスピーチを披露。「静かなカリスマ」を放つ新タイプの御曹司像を表現。


ユチョンは、歌手として日本活動で培った日本語の実力だけでなく、小学校6年の時に父親の仕事の都合で渡米し、高校2年まで米国で暮らしていた経験から英語の実力を身につけており、トライリンガルのスキルを活かし、本作で温和ながら静かなカリスマを放つ御曹司ユヒョン役を好演しています。


★3★切ない涙の演技に『賛辞』

第五話、亡くなった実母を回想するシーンの切ない涙をこぼす演技も、韓国放送時、賛辞を浴びた。ユチョン演じるユヒョンは、幼い時に亡くなった母に対し絶ちがたい思いがある。


花束を持って母の墓地を訪れたユヒョンは、幼い時期に母と共に過ごした幸せな時間を思い出し、感傷に浸って涙を流すシーンだった。ユチョンは、演技に先立ち感情移入をしてNGを一度も出すことなく、その瞬間、涙がにじむシーンをリアルに演じたと製作スタッフは伝えた。


★4★ミリの秘密を知った後半、劇的に変化するユヒョン

前半の盲目的にミリを愛する天真爛漫なユヒョンから一転、ミリの正体に近付くにしたがって、ユヒョンの表情、キャラクターが一変する。意味深長な眼差しと、内面を推し量ることのできない暗い表情は、視聴者に得も言われぬ緊張感を与える。


番組公式サイト掲示版には「感情を努めて押し殺しているような姿.. いつ炸裂するかもしれず、ちょっと恐ろしかった」「感情を出さずに落ち着いて尋ねるから、余計に怖い」、「ソン・ユヒョン。 目つき、内面演技、トリハダが立つほど良かった」などの書き込みが寄せられた。

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JYJ ジュンスの歌うミスリプリーOST「君のための空席」

“歌手なのに、、こんな風にしたらミュージカルみたいだよ”とJJがからかっているのか。
いい雰囲気だなあ。
 それにしても、広告だからほめるのはあたりまえとして、ユチョンの三日月微笑みって何が三日月なのかな。笑った時の目?

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「ミュージシャンは音楽の生産者であって生産品ではない」

JYJの国技館でのコンサートの頃、その支持とSM批判をした市民運動系のハンギョレ新聞(Webニュースのコラム)が、また心強い記事をあげてくれました。

JYJのファンであることを“誇りに思う”ことができました。

以下引用
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ハンギョレ新聞の記事2012.1.16

音楽のフランケンシュタインは出て行け
Kpop世界進出の明暗
…韓国大衆文化の影響力大きくなったが設計図により作られた‘企画商品’スターらという悲劇

‘ケーポップ’(K-POP)の定義が何か? 意味を文字どおり取れば‘韓国の大衆歌謡’という意味であろうが、この場合Kpopの歴史は遠く植民地時代まで遡るだろう。 ウィキペディアを探してみると‘Kpop’を“韓国から出たポップ、ダンス、エレクトロポップ、ヒップホップ、ロック、リズム・アンド・ブルース(R&B)等で成り立った音楽のジャンル”と規定している。 だが、本来Kpopの歴史に関する技術は1990年代から始める。 今日のような意味のKpopは1990年代に形成されたという意味だろう。

韓国大衆音楽の飛躍的成長

大衆音楽の好みはあらまし10~20代に形成されるようだ。 私のその時期はフォークの時代. その時、ギターはミーティングを行う時には欠かせない必需品だった。 大学街で接したいわゆる‘民衆歌謡’も、やはり音楽的にはフォークと大きく抜け出したものではなかった。 確かに1990年代に入ってきて音楽ががらりと変わったようだ。 ソテジ音楽の見慣れない様子はまだ忘れることはできない。 その後留学に行ったせいで以後の韓国大衆音楽社は私の頭の中に入っていない。

1990年代以後韓国の大衆音楽は非常に多様化した。 音楽的水準も高まって、今はカラオケで歌詞を追って歌うことさえ手にあまるほどだ。 そうするうちに2000年以後新しい風景が繰り広げられ始めた。 韓国の大衆歌謡が国際的現象になり始めたのだ。 この波が日本と中国、東南アジアを経て、南アメリカまで伸びていき、最近は最初から米国とヨーロッパにまで上陸した形だ。 ‘Kpop’という名称は恐らくこの国際化の結果からできたことだろう。


いつか<ノーボディー>という歌がしばらく流行をした。 良い歌でも度々聞けばうんざりすることになる。韓国でこの歌の熱風が沈んだ時頃、フィリピンに行ったところ、世の中に、そこでは今まさに流行が始まったのかどこへ行ってもその歌が流れ出る。 タクシーが信号を受けて道に止まれば、ある隅だったか子供たちが現れて拍手する動作と共にその歌を歌う。 “ノーボディー、ノーボディーウォン チュー”そういえば韓国観光客の財布を開くにはその方法が最高だろう。

1990年代以後映画、ドラマ、歌謡など韓国大衆文化は文字どおり飛躍的な成長をした。 少なくとも東南アジアで韓国の大衆文化はすでにそちらの人々の生活の一部に位置したという感じを受ける。 私が会ってみたフィリピン若者たちは少なくとも私よりは韓国ドラマをさらに多く見て、韓国歌謡をさらに多く知っていた。 韓国大衆文化がそちらの人々の見識を高めて、そちら大衆文化の水準もよって高さは傾向があると聞いた。

だが、やはり関心を引くのはKpopが日本やヨーロッパ、何よりもポップスの本場の米国進出の可否であろう。 全て根をおろした訳ではないが、すでに部分的に成功した例が存在する。 たとえばワンダーガールスは2009年ビルボード ホット シングル チャート100に上がったし、2011年ビッグバンは米国アイチューンズ アルバム チャート トップ10に上がった。 一方ピ(Rain)は2005年に続き2011年にも<タイム>で選ぶ‘世界で最も影響力ある人物’に二番目に選ばれた。

一方2011年にはKpopがいよいよヨーロッパに上陸したという便りが大々的に報道されることにもなった。 シャイニ、少女時代、スーパージュニアなどSMエンターテインメント所属アイドル グループが出演したこの公演は発売15分にチケットが品切れになったし、そこでチケットを求めることが出来ないフ人たちがフランス、パリ ルーブル博物館の前でデモを行ったおかげで公演が一日延びることにもなった。 韓流スターが入国した日シャルル・ドゴール空港には1千人余りのKpopファンたちが駆せ参じて熱狂的に歓声を上げまくった。

(イラスト略)

膨らませた地位、隠された奴隷契約

アジアでKpopはすでに主流に位置したが、大げさなことばにもかかわらず、ヨーロッパでKpopの影響力はまだ微小な方だ。 ヨーロッパ ファンたちの相当数は‘マンガ’をはじめとする日本の大衆文化を先に接した後、韓国の大衆文化に移動してきた人々である。 日本のようにヨーロッパ社会は、好みが非常に細分化されていて、すでに多様な国の音楽が入ってきている。 そこではKpopはただ特定のマニア グループが楽しむ音楽程度の地位を大きく越えられない。

フランス、パリ公演と関連して<ルモンド>で‘韓国ポップの波がヨーロッパに押し寄せる’という題名の記事を載せた。 焦点は主にケーポップの企業的性格に合わせていた。 Kpopのアイドルが途方もない費用をかけて緻密な計画により長い間の期間にわたって養成されるか、その寿命(数名)はせいぜい何年ほどで短いという内容だ。 “韓国の当局にKpopは隣の日本と中国の間に挟まって自動車と電子製品、そして今は文化製品の輸出に依存する国だということをよく伝える手段だ。”

英国では‘韓国大衆音楽の暗い面’を光を当てた。 Kpopスターは‘奴隷契約’に縛られて非常に低い報酬を受ける。 企画会社側では費用を除いたら残るものがないと話す。 レコード市場は停滞したし、海賊サイトと競争するためにダウンロード価格を非常に低く策定しているため、歌手らと分ける収益というのはない。 だから海外に進出するのために首をくくるほかはないということだ。 記事によればKpopの金脈は国内でなく実は日本にあるという。

ミュージシャンは‘生まれる’ことだと信じた私に‘作られる’ミュージシャンという(のは)概念は非常に衝撃的に感じられる。 音楽のフランケンシュタインを見る感じというか? 音楽市場と大衆好みに合わせて歌・振りつけ・衣装はもちろん容貌(整形手術)まで完全に計算された設計図により製作されたミュージシャンらならば、いっそ企画会社のアバターというべきではないだろうか? 私が考えるミュージシャンの概念が相変らず手工業的ならば、ケーポップはすでに工場生産の段階に入り込んだと見られる。

そのような意味で東方神起から脱退したJYJの活動は示唆するところが大きい。 イ・ドンヨン教授はこれを示して“自分たちの活動を自分たち自ら決定できる自由意志の回復”だと呼ぶ。 “東方神起時期SMの一方的なスケジュールによって活動しなければならなかったことと違い彼らは自身の活動にすべての権限を持っている。 もう自ら音楽を作ってプロデュースして、それで彼らはもう自分たちがアーティストと呼ばれることを願う。”

東方神起の契約期間が何と13年。このような状態は市場の‘奴隷’と違わないではないか? 重要なのはそれにもかかわらず、これらがアバターでないミュージシャンで、企画商品でないアーティストで終えて生き残ったという点だ。 そこで決定的な役割はしたことはファンたちの存在だった。 複雑に絡まった市場の現実を見れば解決法が全く見られないが、JYJのファンたちは収容者の積極的態度だけでもこの苦しい状況をある程度変化させることができるということを見せてくれた。

JYJが見せた変化に期待をかける

音楽の産業化はもしかしたら避けられない現象かもしれない。 今日Kpopが質的にも量的に成長して国際的現象になったのも実はこの音楽の徹底した資本主義化に負うものが大きいだろう。 また、幼い時期からほとんど‘児童虐待’に近いほど苛酷な訓練がKpopのスターたちの音楽的技量の土台となっているのだろう。 だが、いくら技量が優れて、いくら大衆の好みに合っても、‘魂’が欠如した音楽には限界がないだろうか?

ミュージシャンは音楽の生産者(Producer)であって生産品(Product)でない。 Kポップの未来はJYJが見せたこの変化、この行いの可能性にかかっているかもしれない。

チン・ジュングォン 文化評論家

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自分でもこんな風にまとめて言えるといいのだけれど、なかなかなあ。気持ちばかりが先走って。
3人がいままでに残した言葉にも重なります。
世界中のペンたちといっしょに読みたい記事です。

どうやら昨日のロッテファンミでJJが口ずさんだらしい「W」

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2012年1月 9日 (月)

グロリア

オーソドックスに基本通り、韓国ドラマのおもしろさを教えてくれます。
ストーリーは貧しくたくましい女子(姉妹)を中心に、不幸の連続、理不尽な圧力、貧富格差のみせつけるシンデレラストーリー。ですが、この王子様もまた圧力と理不尽の中で葛藤を抱えています。

さほど面白いのかどうかわからないけれど、なんとなく見ている程度で続けるうちに、すっかりその世界の一員のような感覚になっていく。これぞ「愛の群像」以来のドラマにハマる感覚ですね。

ペドゥナと並んで主演のソジソクssiははじめはさほどかっこ良くはないのですが、見ているうちに好感度の増す役にめぐまれていますねえーー。「19歳の純情」がそうでした。もちろんそれも実力のうちですが。そのおかげで「愛の純情ー産婦人科」は最初からいい感じでしたが。

ぺヨンジュンの「若者のひなた」以来、こういうどうしようもないワカゾー役、都合の悪いことを人のせいにして逃げ回ってばかりの役にイジョンウォンssi。健在です。映画「密愛」もそうでしたね。ベテランとしてこれからも悪役社長なんかで出てくるのかなあ。「コッチ」の二男役もそう。ヤな奴役で韓ドラのおもしろさを教えてくれる名作によくいらっしゃいますねえ。チョングァンリョル(覚えられない名前)ssiに継ぐ俳優かもしれないな。

ドラマは歌手を目指すヒロインの復讐+サクセスストーリー。
でも、その背景の親世代の人間関係、政略結婚、兄弟の跡取り争いなど満載。
障碍をもつ姉をさらっと登場させてしまうあたりは日本のドラマにはないつくりですが、
ヒロインをささえる御曹司役のソジソクはブレの無い一途さで(少しはぶれるかな?)まあ、応援したくなる訳です。
もう一つの主役カップルイチョニとソイヒョンも回を重ねるたびになじんでくるんです。
ソイヒョンは「太陽を飲み込め」のキャラとかぶるな。親の思惑の中ではかなくゆれるお嬢様役。でもグロリアの方がなんだかんだで親離れして、cuteになっていきます。イチョニssiのドラマははじめてですが、このドラマの魅力の一つですね。いい感じでヤクザな若造の成長ぶりがしっくりきます。

連続ドラマならではのバイプレイヤーの人たちのキャラクターもそれぞれによくて、特にパクヒョンスクssi、冬ソナのユジンの先輩はここでも芸能プロダクションの上司役。おひさしぶりに魅力的でした。おちゃめな笑かし役のロマンスも、緊張の終盤にちょっと息を入れさせてくれるました。

年末のドラマ大賞でジェジュンの隣に座っていたキムヨンオクおばあ様。隣にいてくれるだけで安心であたたかくて大女優さんだとわかりましたが、このドラマでもまともな大人を演じていました。終盤の支援者役のおばあさんも、ハルモニの存在がいいと、なんだかドラマ全体の印象がよくなります。

期待以上にひきこまれたドラマでした。

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